教育の対価

 駅のプラットホームから線路に降りようとしている小学生がいる。

 それを見つけた時、黙って見届けるだろうか。それとも危険だと注意するだろうか。

 

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 これは半年ほど前の記事だが、子どもの危険行為を見かけた時、およそ6割の人が注意をしないという。理由はお察しの通り、変な親に絡まれたらどうしようとかそういうものが多い。子供に道を尋ねただけで事案になるご時世だし当然といえば当然だ。

 冒頭の線路に降りようとする小学生というのは例えばの話ではなく、僕の実体験だ。小学生の時からJRで通学していた僕は、どうしても線路に降りてみたかった。しかし線路に降りることは何となく悪いことだとは感じていた僕は、制服の帽子をわざと線路に投げ入れ、落ちちゃったから仕方なく取りに行く体を取り繕って線路に降りた。確か友人も1人一緒で、2人で一緒に降りたように思う。今思えば何が楽しかったのかわからないが、僕らは帽子を投げ入れては線路に拾いに行くという行為を駅員の人に注意されるまで、何度か繰り返していた。回りの大人には一切注意されなかった。これは低学年の時だったから、少なく見積もっても15年以上前の話になる。先ほどの記事は去年のものなので、モンスターペアレントがどうこうと言った話もあって、比較的近年の傾向かのように感じられるが、このような傾向は最近に始まったことではないのかも知れない。ことなかれ主義というか、日本人の気質なのかも知れない。

 なんでこんな話をしているかと言うと、先々週の日曜、有馬温泉に行った時のことだ。脱衣場で小さい男の子(以降「少年」)が、濡れたタオルを絞りながら歩いていた。結構な量の水が滴っていたので、マジかよと思いつつもまぁ子供のすることだしなと思って見ていたが次の瞬間、眼鏡をかけたおじさん(以降「眼鏡親父」)が大きな声で「そんなんしたらあかんやんか!拭かんかい!」と怒鳴ったのである。その時はきちんと叱れる良いお父さんだと思ったが、お察しの通りこのおじさんは父親ではない。そして少年はというと、その眼鏡親父に一瞥くれるだけでスタスタとどっかに行ってしまった。ここで親が出てきて謝罪するパターンのやつだなと思うが先か、「待たんかい!自分で拭けや!」とさらに追い打ちをかける眼鏡親父。少年は断固無視。その後も何かを言っていたが具体的にどんなことを言っていたかは忘れてしまった。注意というか、少年の親に対して悪態をついていたような気もする。これは親出てきづらいだろうな、どうなるんだろうとその場にいた客みんなが思っていたに違いない。すると別の比較的若いおじさん(お兄さんという感じに近かったかも知れない)が、黙って少年が零した水を拭きに来たのだ。よしよく来たな、せっかく風呂でいい気分になったことだろうし、一言謝って和解してくれよなと思って見ていたが、その少年の父親は眼鏡親父に謝罪はおろか、会釈1つせず黙って去ってしまった。眼鏡親父はその後もしばらく悪態をついていたが、ここまで見届けて僕は脱衣場を出て温泉に向かった。

 この事件、うまく文章で伝えられているかわからないが、僕は思うところが2点あった。まずは最初に述べた、他人の子供に注意する親についてである。僕は面倒事、旅行中ならなおさら御免なので絶対注意したりはしないが(よほど危険があるとかなら別だが)、他人の子供を注意できるのは非常に立派だと思う。今回の眼鏡親父はその子思ってとか回りの人を代弁してとか、そういう高尚な気持ちから注意したわけではないと思うが、それでも行為自体は僕は評価していいものなんじゃないかと思う。
 しかし問題はその程度というか、方法である。僕を含め、回りの客の多くは叫ぶ中年男性を見て気分を害したことだろう。孤独のグルメのアームロック回の五郎*1も、きっとこんな気持ちになったに違いない。今回は客が客に対して怒鳴っていたので状況は少し異なるが、眼鏡親父にももう少しやり方があっただろうし、眼鏡親父にも子供がいたように見えたが、その子供の複雑な心境を思えばなおさらである。

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 そしてもう1点は水をこぼした子供の親である。眼鏡の親父に対して終始無言なこともそうだし、改めて自分の子供に注意するでもない。子供が子供なら親も親かと思わずにはいられなかったし、なんならあの子供の行く末が心配だ。こう思うとチャラチャラした親だったような気すらしてくる。

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 しかし僕が一番言いたいことは、他人の子供を叱れるのは良いことだとか、誰がどうするべきであったということではない。僕が行った温泉は太閤の湯という入館料が一人あたり2600円もする温泉で、入浴中ずっともやもやとした気持ちであったということだ。温泉に入るときはね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか、救われてなきゃダメなんだ。あの日の入浴中、僕は救われていなかった。

 

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 子供が水をこぼそうが、誰かがそれを注意しようがしなかろうがそんなことはどうでもいい。ただ僕の気分を害したあの大声で吠えた眼鏡親父と、そいつに一言謝罪すらできない若親父だけは断固許すことができない。この冬一番の寒波で床が凍ってるとかで露天風呂も入れなかったし、僕の豊かであったはずの時間を返してほしい。なんなら慰謝料を請求したいくらいである。学生が払う2600円と社会人が払う2600円には天と地ほどの隔たりがあるのだ。

 まぁ1000円引きで入ったから1600円だったんだけど。

 

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■編集後記

正直近所のスーパー銭湯で十分だったよ。

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*1:孤独のグルメは原作:久住昌之、作画:谷口ジローによるグルメ漫画。第12話「東京都板橋区大山町のハンバーグ・ランチ」において、大山町の定食屋で、店のお勧めメニューである大山ハンバーグランチを注文するのだが、店主が海外留学生の店員に罵声を浴びせるなどの雰囲気の悪さにより、不快感を抱いた五郎は空腹であるにも関わらず食欲が失せてしまう。 その後、五郎は店主に苦言を呈すが、店主はあろうことか逆ギレし、客である五郎を店から追い出そうと暴力を振るう。五郎の堪忍袋の緒が切れた。 育ての親であった古武道家の祖父により、高校まで古武術を叩き込まれていた五郎の腕っ節は強く、逆に店主はアームロックをかけられて悲鳴を上げる羽目になってしまう。 だが、罵声を浴びせられていた店員に「それ以上いけない」と止められ、五郎は完食する事なく店を後にするのだった。